平成のクレイジーキャッツと呼ばれて
紅白で「平成のクレイジーキャッツ」の称号を与えられていたのはトータス松本さんでしたが、
関ジャムでは星野源さんがエイトをクレイジーキャッツに例えてくださっていました。
その時は、源さんの偏愛する伝説的ハレ集団と比されるということは、まあ褒めてくださってるのだろうな、くらいに思っていました。
クレイジーキャッツをよく知らなかったのであまりピンと来てなかったのです。
「無責任一代男」か、軽佻浮薄な歌なんだよね、確か。エイトのパブリックイメージは確かにそうかな・・・。
その後クレイジーキャッツのドラマが始まりました。
『植木等とのぼせもん』。
NHKの連続ドラマです。
ときは昭和、コメディアンを目指す小松が、スターのクレイジーキャッツ・植木等の付き人となって奮闘する成長物語。
亮ちゃん出演の名作『トットテレビ』でご存じの通り、まだテレビが若く芸能界も夢いっぱいで、青春なのです。
小松は植木に心酔してオヤジさんと呼んで慕って一生懸命。昭和らしい純粋なストーリーに毎回じーんとさせられました。
「シャボン玉ホリデー」という『トットテレビ』にも出てきた番組で、山本彩ちゃんが当時の有名歌手役で歌ったりして、トットテレビスピンオフみたいで楽しめました。
あの有名な「ガチョーン」、「お呼びでない?」のギャグはクレイジーキャッツが作った流行語でした。
現代でも何となくそのフレーズを知っているのだから、そのモンスターぶりがうかがえます。
スターだけど、コントでお茶の間を賑やかす大衆派。歌って踊って国民を元気にさせる、とにかく楽しい集団。
プレキンはこのあたりのイメージかな。
ある回の導入ナレーション。今はコメディアンとして成功した小松が過去を回想します。
「クレイジーキャッツ、本当はかっこいい歌を歌えるんです。でも歌うのは『スーダラ節』。そこに植木等の美学が隠されていたのです」。
クレージーキャッツはジャズバンドなのに、お笑いで売れっ子になってコントの仕事で大忙し。植木がいい声で歌い始めてもお約束のシナリオでぶった切られてコントに突入。
世間はお祭り騒ぎのクレージーキャッツをお気楽でいいねえ、などと評している。
「もったいないな。あんな歌ばかり歌わされて。本当はオヤジさんは歌えるのに」
小松が悔しがる。
そのつぶやきを聞いた植木の父が、若い小松をさとす。
「好きな仕事だけやってる人間なんていないだろ」
小松は植木が渋い歌を本当はやりたいのだということを知っているから、納得できない。
小松は植木にコミックソングなんか歌うのをやめればいいと言ってみるが。
「俺はやるよ。やりたいこととやらなきゃいけないことは違うんだ」
植木が言う。
「俺たちは求められたら何でもやるんだよ」
それが誇りなのだ。
クレージーキャッツ、ほんとにエイトだった・・・。
その後、コミックソング以外を歌うことはないまま、クレイジーキャッツは時代の移り変わりのなか活動を終え、植木等は俳優業で成功していく。
黒澤明監督の映画に出演するほどの俳優になったが、晩年、紅白で請われてクレージーキャッツの歌を歌う。
あのおちゃらけた愛すべきヒット曲を、全盛期の底抜けの明るさで歌って会場を大いに盛り上げたのだ。
クレージーキャッツと時代と人々は相思相愛だったのだ。
『無責任一代男』でクレージーキャッツは「我こそは無責任」とうそぶき、「こつこつやるやつはご苦労さん」と言い放つ。相当に破天荒で図太い。
軽薄な歌詞もよく見ると実は尖っていた。
けれど大衆派でいられたのは、賑やかしを全力でまっとうしお客を喜ばせていたから。
エイトは、本当に最近だけれど、少しずつ望む曲を披露できるようになりました。
努力を積み重ね、自らの手でつかみ取ったのです
賑やかしのままで終わってほしくない。でも、その最大の魅力である愛すべき多幸感を持ちつづけていて欲しい。
そして、そのままのエイトの魅力で世間をねじ伏せて頂点に登りつめて行ってください。
比された先輩を超え、時代と人々に愛される永遠に輝くグループとなりますように。
<月季>